水戸大神楽の歴史

水戸大神楽の歴史      

水戸藩徳川家の御祭禮御用を努めた大神楽は、水戸・台町に住んでいた栗林神楽(初代家元・ 栗林主計)です。●古文書「新編 常陸國誌」に記されています
(水戸大神楽では昔から宗家・家元と言えば御用神楽の親方を言います。)

その栗林神楽も天明5年に当代が亡くなり、御祭禮御用の権利を宮内神楽 (足黒神楽) にゆずりました。●古文書「水府地理温故録」に記されています

昭和初期に、十二代目家元宮内数太夫(宮内最後の家元) の後を一番弟子の磯乃家嘉之助(鴨川嘉之助)が継承しました。 その後は実子である磯乃家勝太夫に譲り、そして現在は、 柳貴家勝蔵が十五代目家元を継承しています。

 

柳貴家神楽の初代親方になる佐藤平三郎(後に荒井平三郎) と海老三神楽の初代親方になる真船宮次は明治時代に福島県から出てきて宮内神楽に道具係として入りました。

その後二人は、宮内神楽の御祓い廻りの場の一部を買い取り、独立して現在に至っております。

栄枯盛衰は水戸大神楽の世界にもあり、明治・大正時代は宮内神楽と野口神楽 鯉淵神楽が人気を集め、昭和(戦前) の時代は海老三神楽が(海外公演などを含めて活躍)人気を独占しました。

戦後、それらの組は衰頽し、現在は柳貴家勝蔵が皆様の御贔屓を受けております。

 

※ 柳貴家勝蔵 以外に水戸大神楽の「宗家」 「家元」を名乗る者がいますが、詐称ですのでご注意下さい。

(ちなみに勝蔵の父である二代目柳貴家正楽は、鴨川嘉之助 家元に絶縁処分を受け家元は譲られていません。)

●水戸大神楽・栗林神楽・宮内神楽(足黒神楽)・水戸藩徳川家御用神楽・・ など水戸の大神楽に関する権利は、水戸大神楽 総本家(家元 柳貴家勝蔵)に帰属します。

 

 

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